KSの私が選んだ道

「自分が男っぽくないことは、子どもの頃から感じていた。それでも大人になったら、結婚して家庭を築くという夢を描いていたんだ」(毎日新聞社「境界を生きる 性と生のはざまで」P154)より)

当時はまだクラインフェルター症候群(KS)で生まれたとは知らない私だったけれど、未熟児で生まれていて、周囲の同い年の友達との成長の差をひしひしと感じる中での、ほんのささやかな夢だったんだなぁ。

違和感はあった。喉仏が見えない。胸が少しある。毛が少ない。あそこが小さい。全体に肌がきれい。声変わりがない。反抗期もない。女性を見てもムラムラしない。

でも、いつかは、周囲の男友達と同じようになっていくんだろうか、とおいてけぼりを喰らった子どものように思いながら生きていた。

社会人になってすぐ、意を決して泌尿器科の門を叩いて、検査してわかったのがKSだった。
直前の触診では、これでは子宮までは届かないから子供は難しい。精液検査では死骸もなかった。その後、染色体検査を行う。睾丸から精子を調べる方法(たぶんTESE)もある、と言われたけれど、これ以上落ち込みたくはなかったから断った。当時の男性ホルモン量は、基準値の遙か下。人生がそこで終わったと思った。

周囲からの心ない言葉があった。電車の広告、週刊誌、テレビドラマ、周囲に起きること全てが私の精神力を奪っていった。ささやかな夢さえも叶えられないのかと。死に場所を探す人生が始まった。(封印の8年)

その間に治療はやった。エナルモンデポーの筋肉注射。声変わり、ニキビ、毛質もすぐに変わった。そして、犯罪を犯しそうになるぐらいの性欲と、心が男方向に変わらなかった。期間的に半年を2回やったけど、体力が続かず治療を断念した。

無気力の中、仕事はやっていた。精神面がズタズタだったから薬で搬送されたこともあった。福井出張での休みに東尋坊に出かけようとしたけど、足は永平寺に向いていて山門の前まで行って帰ったこともあった。

8年を過ぎたある日、幼なじみの親の薦めでお見合いの話があった。断ることにはなったけれど、あきらめていた「結婚」の可能性を考え始めた。同時に、田舎でそういうのを断るが、そこで生きることに影響があったりすることが、私を東京で生きていく決心にもつながっていく。

結婚相談所に登録。無精子症をどうコンピューターに載せるかで職員と揉め、結局欄外に載せることで決着。シングルマザーでも可としていた。私の婚活が始まった。それ以外は条件になんら問題がなかったので、話はすぐに来て10人くらいとは会った。2回めのデートに行くこともあったけど、無精子症を隠せないから話して、3回めのデートはなかった。どんどんと条件枠を広げていき、周囲から自分を落とし過ぎと言われ、登録を解除してしまった。見つからない。そもそも子供ができない人と添い遂げようなんていうお人好しはいない。これからの人生を悲観して、人生自体に幕を降ろそうとした。仕事もうまく行かずに退職。

次の仕事を探そうと行ったパソコンスクールに家内がいた。直接は聞いてなかったけれど子供がいるらしかった。つき合うところから始めようと「再婚はしないの?」と聞いたら「プロポーズか」と勘違いされて「はい」と答えた。家内との相性はいいと思った。結婚の意志が固まったある日、子供が2人だと知った。ま、なんとか、なる、か、と思った。当時はまだ元気だったし。子供の小学校の進級に合わせて、翌春に結婚することと決めた。が、いろいろな事情で、そんな悠長なことは言っていられない状況に気づき、住居などで書類作成する中、これは結婚してしまった方が早いかも、っていうことですぐに区役所に行って婚姻届を出したのが、20年前。

そうです。この記事は、結婚20年の記事です。

KSがわかってから、ここまでが10年ぐらいですから、結婚してからの20年はもっと長い記事になるのか、そんなことはありません。

結婚式はしてませんが、故郷で似たようなことを母がセッティングしてくれて。そもそもが周囲からの大反対の中での強引な結婚でした。1年もたないと言われてました。なので、結婚2年めに食事会を開いて、まだ続いているよー、という報告をしました。仕事は収入がいいので、手っ取り早いIT業界に戻っていました。

当時36歳。まだ元気だった。今思うと、15年後の体調に繋がる様々な事が見え始めていたけれど、気がつかなかった。そもそもKSは第二性徴期からその症状が出るから、中学高校時代からなんらかの症状が出ていたはずで、例えば、ご飯の匂いで吐く、手が震えるなど。匂いに反応は、まるで妊婦みたい。そう、妊婦さんと同じ身体の状態だったかもしれない。そして他にも検査をしていればわかったと思うが、女性の更年期障害の状態がそれ以降、ずっと続いていたはず。男性はわからないだろうからだけど、歯医者さんでレントゲンを撮る時に着る鉛の服を着て、両足には重りの着いた靴を履いて毎日を過ごす感じ。しかもKSは筋肉がつかないので、筋トレしても、まるでサボっているかのように着かない。そして睡眠障害もあった。

だから出退勤、特に朝が大変で、怠け病だとか、努力が足りないとか、体調管理してね、とか、治ったら来てね、とか酷いことを言われた。染色体異常は治せませんけどね。

そんな症状が出続けていたのは、それから10年くらい経った時。いやー、今よりも元気だったからねー、こんな今の自分に気がつくはずもなく、家のローンなんぞ組むんじゃなかったと思いましたよ。
そんな頃、母に認知症が。遠距離での月1回の帰郷でしたが、体調が悪くなっていきました。もう自分の命が母より先かと思う中、母が逝きました。その葬儀で私は体力を使い果たし、結石で悩んでいきました。そして東日本大震災。田舎と友人知人を失ったことが精神的・肉体的に相当なダメージになり、加えて結石摘出手術に失敗、暮れの大手術で成功も、結局それで職を失いました。それが50歳の時。ローンは73歳までですから。

短期の仕事はありましたが、どんどん経済的にも精神的にも落ちていきます。「仕事」というキーワードに反応、おかしくなってしまいました。子供も体調を崩していました。家内だけが頑張ってました。
私は別な意味で死ぬことを考えていました。死んでローンをチャラにし、マンションだけは残るからと。そんな苦しい状況でした。そんな中、自動二輪の免許を取得、主夫をしたり、家の模様替えを頻繁にしてストレスを発散させていました。意を決して、銀行に相談に、けんもほろろな扱い、市役所もそう、社会福祉協議会でもだめ、職安でもだめ。全部塞がってしまいました。KSが難病指定されていなかったことと、持ち家があったから。その八方塞がりが、今思えば、私の奮発剤になったんでしょうか。マンションの管理人を経て、結果、当時窓口で追いやられたような組織で仕事ができるようになったわけですから。

さて、仕事の目標があります。当時の私が、窓口に訪れた時に、行って良かったと思われるような職員としての自分になることです。それには、私だけではどうにもならないことがあります。世の中の仕組みもあります。でも、それができるようになったら、きっと、私のような弱い立場の人でも安心して生きていける世の中になっていると思うんですよ。そしてそれは健常者にとっても、ということは言うまでもありません。

あ、家族のことね。ちょっと飛行機で例えようかな、いつものように。

家内・・・相変わらず大型輸送機ですが、最近、レーダー装備を修理した他、燃料ポンプの調整のために薬を入れてます。なにやら、パイプが詰まりやすいようです。それ以外は、パワフルです。

娘1・・・随伴機がいれば飛べてます。最近はアフターバーナーも頻繁に使って飛んでいる戦闘機です。ソロ飛行もできるようになるかも。あとは、格納庫内に洗濯物が沢山舞うようになったのはどうやら娘1の仕業のようです。有り難い。

娘2・・・スカイレーダーで飛ばずに格納庫で何かを作っているようです。「はじめちょろちょろ・・・」なんて独り言を言ってます。

私・・・・もう散々書いてますが、私の機は「飛べフェニックス」という映画の主人公役の飛行機です。何かが原因で燃料系統がやられてしまったんですが、最近になって糖分らしいということがわかってきました。今は稼働力を落として飛んでます。

最近は、家族が一坪の範囲で団らんすることが多いですね。いろいろあるけど、仲良しなんじゃないかな、と思います。

私のささやかな夢は、達成されたかな。
そうそう、何年か前に、娘1から、本当のお父さんになったみたいな気がする、って勲章をもらいましたよ。
私は、幸せ者ですね。

こんなKSの生き方もあるってことで。


追記)
もう一つの道があった。
男性として生きるか女性として生きるか、というところ。
正解は、真ん中で生きる、ということ。

身体的には中心にぶら下がっているのを、探せば見つけられる程度のがあるから男だけれど、脱いだ見た目はそうじゃない。2年前から摂取している女性ホルモンとそれまでの身体で、そんな風になっている。
もう男っていう生物からは距離があるって感じるし、さりとて女性という生き物とも違うということがわかる。
つまりは、私、という自分のという生物ってことになる。
心的にはどうか。これも身体と似ている。どっちつかず。しかも揺らぐ。真ん中から女性側に揺らぐ感じがある。
ちなみに男性ホルモンは受け付けなかった身体が。女性ホルモンは副作用もなくすんなり受け入れたどころか、はじめから入れるならこっちだろう、ってぐらい身体になじんでいる。

でも、女性になりたいわけではないから、このまま。

これもKSの私がとったひとつの道、ということで。


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by KSofNaka | 2017-11-29 13:06 | 日々の事 | Comments(0)

クラインフェルター症候群(KS:47XXY)の人生を赤裸々に、集大成のつもりで綴ります。化学物質過敏症(CS)もね。


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