クラインフェルターな日々 0

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クラインフェルター症候群(47XXY)の人生を赤裸々に、集大成のつもりで綴ります。 @ikiru2hint

カテゴリ:封印の8年( 4 )

永平寺と東尋坊

 Facebookでバイク友達が永平寺の写真を載せていて、ちょっと昔のことを思い出してしまいました。

 クラインフェルター症候群がわかってからの私は、仕事も生活もしていただけれど、心の中は空っぽでした。

 どうしたらいいのかわからずに、周囲の波に翻弄されながら、流されるままに生きていました。というか、そもそもそれを生きているというのかどうかさえわからない状況ではありました。

 そんな中にあって、仕事は超忙しく、当時、福井と和歌山県の田辺、そして会社がある新宿をグルグルと回っていました。

 出来上がったプログラムを2つの納品先で組込み作業をしている同僚に届けるために、8インチのFD(1S:片面)を100枚ちかく持って、羽田から小松までジェットに乗って、小松から福井まで特急に乗り、そこでインストールしてすぐに特急で大阪経由で田辺まで行き、南紀白浜からYS−11に乗って羽田まで。
 逆のルートもありましたけれど。

 そんなことを月2、3回、何ヶ月やったか覚えていません。

 そんな中、たった1日だけお休みを頂いたのでございます。

 福井で。


 当初は東尋坊に行ってみたいと思いました。

 でも、どうだったでしょうね。

 冬の東尋坊。

 今だから言えるけど、本当に帰って来れていたか。


 足は、東尋坊ではなく永平寺に向かっていました。

 そして参道を登って行って、山門の前まで来て、そして帰ったんです。


 雨が降ってました。冷たい雨でした。

 なんかね、そこまでで、もう安心したように思えます。

 そこでおそばを食べたかどうかもわかりませんでしたけれど、暫く、田舎へのお土産は、永平寺そばになりまして、みんなから喜んでもらいましたっけ。

 あー、当時は辛かったなぁ。。。

 今、こうしている間にも涙が止まらない。



 もう何年も福井には行けてませんけれど、いつかまた出かけたら、永平寺の山門まででもいいから行って、今を報告したいですね。


 実は、後日、車で東尋坊にも行けました。でも雨で、他の出張所に行く途中でしたから、外にも出させてもらえず、車の中から雨の中の東尋坊をちょっと見ただけでした。

なんかね、そんな時もあったなぁ、という、思い出です。



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by ksofnaka | 2014-11-14 17:37 | 封印の8年 | Comments(0)

自分の成長の為に

昔から、自分が成長する為には子育てが必要と考えていたんです。なぜかはわかりません。ともかく、そう信じていたんです。

だから、無精子症とわかった時のショックは計り知れないものでした。
しかも、周囲からは、幸せにはなれないと断言されたり、メディアでは離婚の理由になるとまで言われていて、そういう時代でした。

平凡に妻と子供がいて慎ましやかに生きていければ、それでいいと思っていた私には、人間でない、生きる資格がない、結婚する資格がない、等のレッテルを貼られたような感じでした。

種無しと呼ばれる人もいて、デラウェアさえ敬遠したこともありました。10年ぐらい暗く救いようのない暮らしをしていました。何かを恨んで生きていけるなら、それもありかと思っていました。

でも、あきらめられなかったのです。子育てに。施設で探してでも子育てしたかったんです。

結婚は、子供がダメということだけで断られました。お見合いは10回以上しました。でも、子供の件になり、話をして、それでもいいという人はいませんでした。

でも、親友には、それでも諦めなかったからだよね、って言われたんだけど、そうなんです。諦めなかったのです。

長い時間がかかったんだけど、父親には子供を会わせてあげられなかったけども、夢を叶えることができたのです。

もっとも、私が成長したかどうかは、わかりませんけどね。


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by ksofnaka | 2012-05-20 04:36 | 封印の8年 | Comments(0)
以下原文そのまま <>は補足を追記

=== 2.Apr.1988

 久しぶりに、このノートを読み直し書きたくなった。
きのう、1ヶ月ぶりに東京へ戻る。中島みゆきの歌をききながら、散乱した部屋の中で書いている。なつかしさ、くやしさに浸っている。



 出張中に読んだ雑誌の中で、そのこと<(KSによる)無精子症>ひとつが離婚の正当な理由になると知って、もう生きる事が無意味なように考える。

病院へ行って検査してもらっても、絶対いい結果なんて出ない。

 こんな気持ちで仕事なんかできない。出張中、何度も<自殺のために>薬を飲もうか考えた。
俺だってこれで終わりたくないもんね。

 体がだるくて、でもみんなもそうだからそうなはずだから、一人だけ甘えてもいられないし、人が少ないから抜けるわけにもいかず、やはり今度も生きのびてしまった。自分のペースを未だにもてずにいるため、周囲の人に合わせるようにいつのまにかなってしまい、自分の仕事ができずにいる。その時だけ仕事をして怒られて、で、自分でも原因がわかっているもんだから、怒られこと予想できていて、全然効かないんです。またやってしまう。

 やる気がおきない。全然。生きる気力さえない。決断力のある人間なら、あっさり死んでいるかもしれない。ただ、なんとなく食べて生きてます。


 今年に入って、体がだるい性もあるけれど、仕事なんかどうでもよくて、でも、どうでもいいままじゃぁ、やっぱりすまないし。
とりのこされていく。


 あんなこと<週刊誌の記事>を平気で書く人がいて、世の中もそうなっていて、誰が悪いんでもなく、そのことで傷つく人が大勢いたりする。そんなもんかなぁ。

===

 25歳でKSを宣告され、その1年半後。26歳です。
周囲では、同期が仕事を覚えてどんどん自分を追い越していくような中で、まだまだ、絶望の淵を歩いている頃の日記です。

 体のだるさと戦いながら、忙しい仕事の合間で、死ぬ事しか考えていない自分の、長い長い暗い状態のものです。



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by ksofnaka | 2011-09-09 09:28 | 封印の8年 | Comments(0)

時代 ~中島 みゆき~

5年前のブログからですけど。。。

====
ず~っと昔に、この曲をカラオケとかで歌っていたときがありました。


今はこんなに悲しくて 涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には なれそうもないけど

そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ
あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ
だから 今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう


 どうにもならなくて、まさにこんなときに、この歌と出会って、「今日の風に」吹かれて、流されていた時代がありました。
いつか、本当に、笑って「そんな時代もあったね」って言える日が来るのを信じて。。。で、その日は来たのです。10年近く経った頃に。そうして、前向きに考えることができるようになった後、今の家内と出会ったんです。

 今は、「そんな時代もあったね」って笑って話すこともなくなりました。忘れていて、○○歳ぐらいのとき何やっていたっけ、って思ったときに、ふと、思い出すことはあります。
今は、もうそんな感じですね。


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by ksofnaka | 2011-01-16 09:10 | 封印の8年 | Comments(0)