クラインフェルターな日々 0

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クラインフェルター症候群(47XXY)の人生を赤裸々に、集大成のつもりで綴ります。 @ikiru2hint

カテゴリ:症状(結石編)( 70 )

昨年、GW明けに入院しましたよね。

2011年の術後の最大の痛みで入院したアレですよ。

あの時は、動脈と尿管が交差するところに、結石が引っ掛かって尿管を塞ぎ、尿が逆流して腎臓に溜まり、パンパンにふくれての痛みだったわけです。これで、熱が38度以上出ていたら、超危険だったんですが、この時は、熱は平熱だったんですね。

ただ、まぁ、痛みが酷かったので、通院してそのまま入院になった。医者曰く、緊急入院になったんでした。

入るには入ったものの、出るための基準をどうすんべか、という話しになって、なかなかいい案が出なかったので、仕方なく、私から「痛み止めの投与を辞めて、翌朝痛みがなかったら退院っていう案はいかがですか?」と持ちかけ、お医者さんがそれに乗ったものの、そっからガッツリとさらに強力な痛み止めを使ってきて、翌朝、痛みがないからっていうんで退院させられた、ということでした。医者はズルいよね。強力な痛み止めなら痛まないに決まっているじゃん、ってわけですよ。

でも、痛みはなくなったものの、結石が出たか、っていうとそんなことはなくって、全く動かなかったんですよね。

だから、きっと、ちょっとだけ動いたんでしょうね。尿の流れを阻害しないほどちょっとだけ。

その後、2〜3ヶ月毎に様子を見て来ていたのでした。

昨年の最後の診察時には、やっぱ砕くか? とか、また開腹手術はヤダなぁ、とか、どうしようか、なんて、怖い話しをざっくばらんに話してたわけです。そして、今結石がどうなっているのか検査してみようということになったのです。
そして入れた検査日が今日だったというわけです。


そして先月の20日過ぎのこと。

いきなりコツンと膀胱を叩いたやつがいました。

結石にとってはコツンだったかもしれませんが、私には激痛でした。

何回か膀胱内やおちんの中であがいた挙げ句、最後は、鮮やかな血を流しながら結石が出ました。

なんか聞いた事があるサイズの結石でした。

1cmまで大きくない。でもある程度デカい。

あっちこっちを引っ掻きながら出てきたので、痛みが厳しくてね。毎度毎度のことながら大変でした。


さて、この結石はどこからきたのか?
というのが最大の関心事だということはお分かりですよね。

もし、件の入院の時の結石なら万々歳なわけです。

でも、もし別なところの結石なら厄介事が増えただけってなるんですよ。


まぁ、十中八九、例の結石だろうとは思ってましたけど。

結果ですが、まさにドンピシャでした。例の結石でした。


お医者さんと手をとって喜びましたよぉ。

お医者さんにとっても、これぐらいのサイズなら流れるんだ、ってことがわかったし、砕く必要もないし、ましてや切る必要もない。
そこに掛かる治療費や入院費用だってバカになりませんから。

身体にかかる負担だって、精神面への負担だって、半端ないですからね。本当に嬉しかったでした。

ただ、手放しには喜べないこともありました。

それは、左右の腎臓に在庫がある、という点。

左に1個、右に2個。

こいつがいつ出て来るか、悪さをするか、ってことですよ。


それがいつになるかは、誰も知りません。


で、その時のために、お医者さんからは、この前みたいに痛い時は来ていいからね。熱が出たら、即行で来てね。

でも、また退院の判断が大変だから、熱が出てからにしようかなって思っているんですけどぉー。

そうしたら、いいよ、痛いのは大変だから、来てよ。と力強いお言葉。

とても有り難かったでした。

あとは、このお医者さんがずっとここにいるってことの確約ぐらいでしょうかね。

先生、当然、暫くこの病院にいますよね。もっと偉くなって診察しないなんてないですよね。

なんてことを笑いながら念押しをして帰って参りました。


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by KSofNaka | 2017-02-02 16:43 | 症状(結石編) | Comments(0)

今回の結石は

 最初の痛みがあったのは、21日の深夜。

 トイレに行ってから寝ようと思った時、排尿時に膀胱に当る鋭い痛みがあった。

 明らかに結石ってわかった。

 翌朝も、トイレに行くと痛みがあって、嫌な様相だった。

 22日は仕事だったんだけれど、朝から痛みで気持悪くて、仕事に出かけようかどうしようか迷ったけれども、最悪は病院に駆け込めばいいかと思って、自宅で悶々とするよりも病院に近い職場に出かけることにした。

 やはりトイレは怖かった。

 痛みが出るのがわかっているだけに、怖かった。

 そして今日23日。

 朝トイレに行った時に、鮮血が出た。

 膀胱からおちんちんの中に入ったことがわかった。

 今度は、詰まっておしっこが出なくなる事が怖かった。

 これは辛いものだよ。


 幸なことに、おちんは小さいから、距離が短くて済むってことはあったけれど、過去には、結石が平なトゲトゲで、流れる時に蛇口が開くようになってしまって、痛みもあるし尿管を傷つけて鮮血を出して、でも出て来ない、ということが何日も続いたことがあった。

 今回の結石は、大きそうだけれど、形がわからなかった。

 そして、シャワーを浴びた後で、午前中にもう一度トイレに行った時だった。

 違和感が下半身を駆け抜けた後、結石が便器の中に落ちた。

 思わず、便器を覗いて写真に収めたほどだ。

 大きかった。ギザギザで、米粒2個分のサイズがあった。

 これは大きい。本当に大きかった。


 形や大きさとして、昨年のGWに入院した時のものだということがわかった。

 なぜかって、それは、私の身体の中にある結石で、あれほど大きいサイズのものは映っていないから。



 あー、でもね、まだお腹の中に違和感があるのよね。

 生きている間中、ずっと作り続けている結石なのだよ。


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by KSofNaka | 2017-01-23 21:24 | 症状(結石編) | Comments(0)

いし(結石)はまだかぇ

 今日は泌尿器科の定期検診の日。

 GW明けに緊急入院した後での初めての検診でした。実は先月が予約日だったんですけどね、痛みがないから1ヶ月ずらしちゃったり。でも、そんな時にこそ、痛みが出たりしてね。

医:医師
中:わたし

医:石は出た?
中:いえ、出てません。
医:えー、出たんじゃないの?

医:出たのに気がつかないとかなんじゃないの?
中:いえ、出たのなら(あのサイズなら)わかると思うんですけどね。
医:本当?

ま、いつもお互いに冗談を言い合いながら、和気あいあいとした診察ではあります。

中:おちんの先がざわざわすることがあるんですけどね。
医:血尿は出てないよ。
医:どれどれデータで見てみるか。
  (と入院時のCTのデータで結石の場所を確認して)
  (前回のレントゲン写真と今回のを比較して。何度も比較して)

医:右だっけ左だっけ。
中:右です。
医:あ、これだこれだ。もうちょっとじゃない。

中:やっぱりまだ出てないでしょう。
医:(出口までは)もう少しだな。
中:はぁ。。。(ため息)(後、1、2回は痛みが出るかぁ)

中:もう次は、もっとヤバくなってから入院することにしますね。
医:なんで?
中:だって、退院させるタイミングが難しかったでしたよね(GW明けの時は)?

医:だってさぁ、痛がっている患者、苦しんでいる患者を放っておけないじゃんよー。
看:(うふふ)
中:(なんだ、話ちゃっかり聞いてんじゃん)

ということで、その後は、お医者さんの夏休みの話題で花が咲いて、次回の予約をして帰宅、いえ、今日はその後仕事でした。

やれやれ、まだ石は出てなかったか。ただ、朗報としては石が動いているらしいということ、2011年の時には、大きいのが動いていなくて手術だったから。

出る時は痛そうだけど、ま、移動しているのならよしとしないとな。


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by KSofNaka | 2016-08-04 23:40 | 症状(結石編) | Comments(0)

結石との戦い

H14
2002年  春 尿路結石と診断される。
2002年  春 胆石と診断される。

H15
H16
H17

H18
2006年11月 (06)胆石のため救急搬送されそのまま入院する。(-12)
2006年11月 (13)退院するも、よく未明、再び胆石のため救急搬送されそのまま入院する。(-17)
2006年11月 (29-12/12)胆石のため入院する。(2007/1/4社会復帰)
2006年12月 (4)胆石のため胆嚢摘出手術を受ける。

H19

H20
2008年 7月 (29)左側の尿路結石で血尿が出る。
2008年10月 (10)初めて右側の尿路結石でどす黒い血尿が出る。
2008年10月 (13)夜半から尿路結石で血尿が出る。朝に激しい痛みで救急車で搬送。
2008年10月 (14)尿路結石が通院中に出る。
2008年10月 (20)右側で尿路結石の痛み。
2008年12月 (24)左側で尿路結石の痛み。

H21
2009年 1月 (17)尿路結石の痛み。
2009年11月 (02-10)尿路結石が毎日出る。

H22
2010年 1月 (07)尿路結石が出る。
2010年10月 (16)血尿が出る。
2010年10月 (18)尿路結石で痛み。
2010年10月 (23)尿路結石で痛みと血尿の後結石が出る。
2010年10月 (30)尿路結石で血尿が出続ける。
2010年11月 (04)血尿が出る。
2010年11月 (09)尿路結石で痛みが繰り返す。
2010年11月 (15)血尿が出る。
2010年11月 (18)朝左側の尿路結石が出る。夕方右側の特大のが出る。
2010年11月 (19)右側の尿路結石、特大のが2個出る。
2010年12月 (11)血尿が出る。

H23
2011年 1月 (03)尿路結石で激しい痛みがあるが初めて救急車を呼ばずに凌ぐ。
2011年 1月 (22)尿路結石でF先生と出会う。膀胱癌はないとわかる。血尿は出続けてる。
2011年 1月 (23)尿路結石で激しい痛み。
2011年 2月 (08)左右の尿路結石で痛み。
2011年 2月 (16)右に大きな尿路結石があるとわかる。
2011年 2月 (20)尿路結石で激痛。
2011年 2月 (22)左右から尿路結石が激しい痛みとともに出る。
2011年 7月 (06)右の大きな尿路結石を8月に手術で砕く事に決定する。
2011年 7月 (19)尿路結石で激しい痛み。
2011年 8月 (18-23)尿路結石で結石除去のため入院する。
2011年 8月 (19)尿路結石で結石除去のため手術を受けるも失敗に終わる。
2011年12月 尿路結石で結石除去のため開腹手術を受ける。

H24

H25
2013年 7月 (13)右側腎臓に結石が見つかり経過観察中。
2013年11月 (28)左側の尿路結石で痛み。

H26
2014年 1月 (28)尿路結石で痛み。
2014年 6月 (17)先週からの結石の痛みと血尿の後、結石が出る。
2014年 8月 (05)結石のため痛みと血尿が出る。

H27
2015年 8月 (09-)血尿と結石が出続ける。
2015年10月 (19)血尿が出る。
2015年10月 (23)石が出る。
2015年11月 (18)結石の痛みがある(左か)。
2015年11月 (25)結石が2個出る。

H28
2016年 2月 (13)結石が出る。
2016年 5月 (09)未明にいきなり右脇腹に痛み。
2016年 5月 (11-13)尿路結石のため、いつものJ大学病院に入院。
2016年 5月 (18)明け方に右脇腹に痛み。

長い戦いです。死ぬまで続く戦いです。

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by KSofNaka | 2016-05-19 23:20 | 症状(結石編) | Comments(0)
こんな中途半端な結果になって、周囲にも迷惑をかけてしまって、んじゃ2度目のあの日に病院に行かなかったらどうだったか。

身体的には、痛みをこらえてウーウー唸っていただろう。
はたまた救急車で近所の病院に運ばれて、また別な展開になっていたかもしれない。
もしかしたら緊急手術なんてことにもなっていたかも、って、どんどん現実とはかけ離れていって収拾がつかなくなってしまう。

どっちが良かったか、なんてことは、渋滞を予測して自分の知っている道を進んで自己満足に浸るぐらいの差しかない。

でも、行ってわかったことは沢山ある。
まず、腎臓を含め、結石が詰まった事以外の検査結果は悪くはなかった、というか今まで通りだった。体温が38度以上でないと発熱していることにはならないみたいだというボーダーラインがわかった。どういう仕組みで結石が詰まっていて、どう悪さをしているかってことがわかった。動脈と交差する尿管部分に結石が詰まりやすいということ。そして足がだるくなるのは、動脈が圧迫されることによるんじゃないかな、って想像できること。

見方を変えることもできる。
今まで、5年前の手術によって神経を20cmほど切ったことで感じなくなっていた部分が、復旧したからこそ今回痛みとして現れたのではないかということ。お医者さんによっては、一度切ったところは復旧しないと豪語することもあったり、そうは言っても少しずつでも復旧はしているよ、というお医者さんもいる。どちらも自身の経験によるところは大きいと思う。
だから、今までも結石が崩壊して流れ出ていたんだけれど、その時は、同じことが起きていても、痛みとして幸なことに現れていなかったんじゃないか、と。今回は、神経の復旧によって痛みとして現れただけにすぎないのではないか、と思う。
そう考えたら、身体は復旧しつつあるという良い兆候ではないのかと。痛いのは嫌だけどね。

で、今後は、この時々くる余震のような震度2〜3の揺れや人工断層の揺れと、うまく付き合って行くってことですかね。耐えられる痛みであっても、肩が凝ったりするのよね。そうやって、残り少ない体力を使って行くんですけどね。

あー、誰だよ、ここ30年ほどで一番体調がいいなんて言ったやつは。。。私です。

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by KSofNaka | 2016-05-14 10:03 | 症状(結石編) | Comments(0)

地震に例えるなら

今このタイミングで不謹慎だと言わないで下さい。
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ある日、長い間眠っていた左下方の断層が目覚めました。その亀裂は段々と広がって行き耐えられない歪みに変わった時、大地は悲鳴を上げたのです。その規模は、いえ規模だとわかりづらいので震度で表します。その震度は最大で5ほどでしたが、長い揺れでした。兆候はありました。水の流れが止まったのです。その頃の大地は地中深く起きていることを想像することはできませんでした。
初めて経験する揺れだったため、大地はどれほどまで揺れるのか想像もつかず、とても不安になりました。
急遽、調査隊のいる場所に運ばれましたが、ただただ上流から水を流す用に言われるだけでした。
その後、大地を調査すると右下と中央の上方にも断層があることがわかりました。大地は問いかけます。中央と左右の下でどちらの揺れが大きいのかと。回答は、中央のは大したことがないと言われるのです。大地はちょっとだけ安心しました。
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それから何年も経過し、大地はその断層のことは忘れてしまっていました。
ある日、以前、中央と言われたちょっと下付近に揺れが発生しました。新たな断層でしょうか。これは震度とすれば2ぐらいで、最初のうちは短かったので、大地はそれほど気にもしていませんでした。ところが2、3年のうちにどんどんと回数も揺れ方も揺れる時間も大きくなっていきました。最終的には、震度5が数時間も続くような揺れになっていて、頻発するようになりました。調査の結果、原因は以前指摘された中央付近であることがわかったのです。大地は大したことがあるじゃん、と思いました。
すぐに調査隊が結成されて断層の原因を排除することになりました。これは比較的簡単に排除できるとのことでしたが、大地へのダメージは小さくありませんでした。そして最後にはチタンの蓋が取り付けられました。

ところで、下方の左右の断層はどうなったんでしょうか。
実はとても不思議なのですが、最初に揺れた左下方の断層は、中央の排除タイミングで消えてしまったのです。または断層が小さくなったというべきか。不思議でした。

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そしてそれからまた数年が経過しました。
大地から赤い水が流れ出るようになりました。なんでしょう。その頃から、右下方で群発地震が発生していました。調査隊は当初、大地の骨格から派生した岩が水の流れに引っ掛かっていて傷ついているので、それが流れ出れば解決するよ、と言ってましたが、それが半年にも及ぶとさすがに大地は、調査隊を変えようと密かに思うようになりました。

大地は不安で堪りませんでしたが、もっと大変なことが起きました。
それは日本という島国の東側で大きな大きな地震があったのです。大地は、実はその大震災の震源域に近い場所で生まれ出たものでしたが、直接的な関係はありませんでした。古い別の大地が崩壊して多くの犠牲が出ました。大地は自分の身が切り刻まれている中で、さらなる大きな傷跡を受ける事になりました。
そんな中、新たな調査隊が編成され、やっと取り除くことになったのです。

ある夏の日でした。
遠くからトンネルを掘って、原因となっている大地から派生した岩を破壊することになったのですが、トンネルからどうしてもその岩が見えず、断念せざるを得ませんでした。大地は、再び深い悲しみの中に落ちました。調査隊の隊長の落胆も相当なもので、大地はしばらくそっとしておこうと誓いました。

それから一ヶ月経った頃、調査隊の隊長からもう一度やらせてくれないかとの申し出、3ヶ月後にもう一度チャレンジすることになったのです。ただ、大地からも提案がありました。トンネルがダメな時は大地を切ってくれと。大地を切り裂くのは古い方法でしたが確実でした。しかし、大地へのダメージは相当深くなるはずで、決死の覚悟でした。

そしてクリスマスセールが始る12月のとある日、調査隊がトンネルに取り付きました。でもやっぱりダメで、すぐに大地の提案方法に切り替え、見事その岩を取り出すことができました。大地は大きく傷つきました。しかも、取り出す際に新たな断層ができてしまいました。これは人工的な断層で大地にとっては想定外でしたが、仕方がありませんでした。

大地が癒えるのにはまた数年の歳月が必要でした。そんな中でも他人には言えないような悲しみや苦しみを味わった大地でした。そして人工的な断層は、今や活断層となって度々震度1〜3で大地を揺らし続けたのでした。でも、右下方の断層は鳴りを潜めました。でもそれは大地にとっては見た目だけのことで、実際には断層は活断層となって日々、岩は形成されそして日々崩れ落ちたり詰まったりしていたのでした。

<>
そしてついに。
そうです、実はここからが今回の本題なのです。
いきなりその崩壊が始ったのです。今回のは今まで大地も経験がないほど大規模なものでした。いきなり震度6で、しかも6時間以上も揺れたのです。いきなりの本震でした。
7じゃないのか、と言わないで下さい。これ以上の揺れがあった時のために取ってあるだけのことです。

でも、大地はこれまでの長い経験から、突然の揺れに対しての様々な対抗策は持っていました。しかし、今回のこの大きな揺れに対してはどれも役に立ちませんでした。
大地はとんでもないことが起きつつあると確信し、5年前の調査隊の隊長に相談に行きました。あいにく隊長は不在でしたが、優秀そうな副隊長がいて、色々と調べてくれました。今回のは、大地を形成するものから派生した岩がダムのように水路を塞いでしまったようでした。水は逆流してダムを溢れさせる寸前でした。ただ、まだ水は熱を帯びておらず、危険ではあるものの時間的な猶予があるとのことでした。薬品を使ってこの岩を溶かす措置が取られました。

この水が溢れるとどうなるか。
それはまるで放射能を帯びた水が大地に浸透して内部から大地の生命を脅かすのに似ていました。溢れ出る際に発熱するので、その兆候は熱で知る事ができました。

大地は、一旦戻って様子をみることにしたのです。しかし、翌日の夕方から、震度4〜5クラスの揺れが断続的に起き始めました。余震でした。でも熱はありません。水はどこからかの隙間から流れ出ているようでしたが勢いがありません。再度隊長の元へ急ぎました。もう大地は、度重なる揺れで翻弄されていてクタクタになってしまいました。隊長は、暫く様子を見るから泊まって行ってと勧めてくれました。大地は、有り難くその行為に甘えました。

その晩から、ダムに大量の冷たい水が注入されました。またダムが決壊しないような強力な薬も注入されました。圧力でその岩を押し流そうという計画なようでした。また、もし熱を帯びたなら、ここならすぐ対応できる、との考えもあったようでした。
圧力のお陰で、岩が動いたのでしょうか、流れ落ちる水量は普段の量に戻って行きました。とりあえず、当面の危険は回避されたようでした。でも、岩が流れ落ちたことを確認することができません。どうやっても、それを確認することができませんでした。

調査隊もその場所に長い時間引き止めておく事もできず、大地は解放されました。でも、中途半端な状況のままでした。またいつ大きな揺れに襲われるのかもわかりません。その岩がいまどこにあるのかもわかりません。揺れは確かに震度は1以下になって、さすがの大地もそれを迎え撃つことはできてましたけど。

そして、この断層の動きによってさらに活発化した動きがありました。例の人工的に作られた断層でした。これが絶えず震度1〜3の間で揺れ始めたのです。

まるで、日本という島国の太平洋沿岸の連鎖する地震の話をしているようではありませんか。
でも、これは、この大地が持っている特有のもので、それとは全く関係ありません。

そして、時を同じくして揺れている、九州という大きな島での揺れの時期と一致しているのは気のせいでしょうか。まったくもって不思議としか言いようがありません。

<追記 2017/01/23>
 あの大騒ぎした大きな岩の続きの話です。

 あの岩は、その後の調査隊によって、ずっと監視されていました。が、全く動く気配も見せていませんでした。
そして、もう忘れ去られたかのようでした。
そんなある日のこと。調査隊から、ところであの岩はどこでどうしているんでしょう、との問いかけが大地にありました。
監視は万全なようでしたが、実は、監視している風なだけで、岩は見えていない、なんていう洒落にもならない状況にありました。

 そこで、もっと精密な機器を使って、この岩の存在を確かめよう、ということになり、その日が設定されました。

 もう明日明日、その存在を確かめようかとしたある日のこと。

 大地の中心のあたりで、流れ出る時に、コツンとぶつかる気配がありました。岩にとっては軽い気配でしたが、大地にはとても大きな衝撃でした。地震というよりも、衝突に似ていました。響きを震度に例えるなら、震度4ほど。直下型でした。

 大地には、それが例の岩なのではないかと思いました。
その岩の大きさもある程度知っていたので、それがトンネルのような流れの途中にひっかかりはしないかと気が気ではありませんでした。

 少しだけ流れが弱まりましたが、流れが遮断する気配はありませんでした。
ただ、流れが発生する度に、震度2〜3ほどの直下型で揺れがありました。

 そして、ある日の朝のことでした。

 赤い流れになりました。
岩があちらこちらの壁を削り取りながら進んでいることを意味していました。
思えば数年前。これが半年も続いて、本当にあのときは大変だった。そんなことをちょっとだけ思い出しました。

 そして、次の流れの時でした。

 岩が、あの岩が、とうとう外に飛び出しました。

 すぐに大地はその岩を写真に収めます。
 見た感じは、あの大騒ぎした岩に似ています。
 水の流れは、しばらくしてから普段の流れに戻りました。震動はもうありません。

 終わった、と大地は安堵に震えました。

 でも、大地はちょっとだけ不安でした。
 この岩はあの岩なのか。

 もし違うところの岩なら、なにも解決していないし、むしろ問題が増えたのかも。それは当然の考えでした。

 そんな中、精密な調査が行われたのです。

 調査隊長は言いました。
 岩が見えないね、って。

 もう大地は嬉しくて嬉しくて、自慢げにこう言いました。

 実は先日、岩が出たんです。

 調査隊長も喜びました。本当に、大地と調査隊長は抱き合って喜んだ、ということにしておきましょう。
 それぐらい嬉しい事件だったのでした。

 しかし、調査隊長はこうも言いました。
 まだ、右の方に岩が2個あるよ、と。

 いつ崩れ落ちるのかは、大地にも調査隊長にもわかりません。
もう大地が大地として生き続ける間、ずっと岩が作り続けられるのを知っているからでした。

 今回の話は、とりあえず、ここで終わりです。

 またいつの日か、岩が動いたら、またこの続きをしたいと思っています。

 つかの間の平安な日々がこれから続くのかな、とも思います。いつまでも続いて欲しいですよね。





ちなみに「大地」とは、私の身体のことですが、なにか?
「古い別の大地」とは、私の故郷そのものだったり、そこに住む人々そのものやその心を指します。


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by KSofNaka | 2016-05-13 21:40 | 症状(結石編) | Comments(0)

5年ぶり

今回のことを整理してみる。

まず時系列に。
5月9日(月) 未明
 01:30 いきなり右脇腹(かなり背中寄り)に鈍い痛みが出る。
       経験から結石によるものだとわかる。
       いつもの痛み止めを1錠服用するが痛みが続く。
       家内が湯たんぽを作ってくれて、それをあてがっているうちに
       寝たらしい。
 03:00 痛みで目が覚める。まだまだ痛い。
       今までは湯たんぽ作戦で痛みが引いていたので焦る。
       救急車を呼ぼうか考えたが、運ばれても痛み止めの点滴だけな
       ので座薬の痛み止めを入れる。
 07:30 いつの間にか寝たらしいが、鈍く痛みが残っている。
       こんなに長時間でにぶく激しいのは初めてだった。
       どこの病院に行こうか悩む。
       おしっこも出にくい。ヤバ過ぎ。体温は平熱。
       保険証の切り替えで手元にない。
 08:30 家内が保険証を切り替えに行ってくれる。
       痛みは収まらない。もう何も効かない。職場に休むと連絡。
 09:30 家内が帰宅。
       病院は決まらない。
       掛かり付けのC総合病院には泌尿器科がない、近所のS総合
       病院もいいけど。。。一番安心できるちょっと遠いJ大学
       病院に決めて電話をする。11時半までに来れるなら、と。
 10:20 J大学病院に向け出発。
 11:25 到着。11時半から普段とは違う先生でと言われる。
 12:00 通常のレントゲン、尿検査をする。
 12:20 主治医のF先生が向こうから歩いてきて「どうしたの?」
       と。
 12:30 F先生からエコーを撮ると言われる。
 13:00 エコー検査の結果、CT検査に。
       CT検査の結果、結石が動脈と尿管の交わった付近に居座
       っていて、そこから腎臓方向に尿が溜まっている(滞留)
       しているこがわかる。結石の大きさは5mm。そこから
       膀胱までの間にもう1、2個あるみたい。
 13:30 平熱なので様子を見ましょうということで、大量の尿管の
       拡張剤と結石を溶かしやすい薬、もしもの時の痛み止めの
       座薬を処方され帰される。
 14:00 遅いお昼。ペロリと平らげる。
 15:00 いつもの薬局に行くも、置いていないと言われ、別な
       薬局を紹介される。
 16:00 やっと薬を処方され帰宅。すぐに薬を飲む。

 地震に例えるなら、未明から明け方のが本震で震度6くらいかな。7じゃないのは、さらに大きいのがあるかもしれないから。つまりは、今までで最大の痛みだったということ。病院に行くまでの断続的なのは、震度2〜3程度。しかも短いのでなんとか耐えられる。

5月10日(火)仕事は定休日
 痛みはほとんどなく、昨日のは痛かったね、みたいな感じでなんてことなかったが、夕方から断続的に震度3〜4程度の痛みが出る。平熱のままで、尿は少し細い。実は、本震はこれからなんじゃないのかと不安になる。翌11日の水曜日は主治医のF先生が外来にいるので、再度受診を試みる。

5月11日(水)仕事日
 職場に行く事は難しそうだったので朝に電話をする。
 09:30 病院に向け出発。一人で行こうと思っていたが、家内が
       付いてきてくれる。
 10:30 J大学病院に到着。
 11:00 相当具合が悪いように見えたらしく、診察室横のベッド
       に案内され、横になる。
       その後、トイレに出かけるが、用を足した後、激痛で動
       けなくなる。震度5程度。
       持って行った杖を使ってなんとかベッドに戻る。
 11:30 診察室にいたF先生が、そんなに大変なら泊まって行く
       かと訊かれる。
       ベッドに空きがあったので、そのまま入院となった。
       疼痛回復が当面の目標になった。
 14:00 やっと3Fの病室にたどり着いた。
 15:30 朝から何も食べていなかったので、ゼリーを食べた
       けど、夕飯時に血糖値が高かったらインスリンを打つと
       脅される。(父の死因はインスリンショックだった)
 17:30 血糖値は222でインスリンを人生で初、打たれる。
       何も起きなかった。父ちゃんに守って貰ったのか。
 18:00 夕食。糖尿病食だった。
       痛み止めと大量の水分を点滴で補う。徐々に尿の量が
       増え、翌朝には最大で600mmを越えた。
       でも石は出ない。
 19:30 眠剤を処方され、早々と寝る。
       10mgを半分にしたものと処方されたが、それでも
       多いのでさらに半分に割って飲んだ。

5月12日(木)
 00:15 トイレに行きたくて目覚める。3時だと思った。
       トイレまでぼんやり歩きながら、まだ0時過ぎな事
       に気がつき、がっかりする。短針と長針を間違えてた。
       お茶をもらいにナースステーションに行き、残りの
       眠剤を飲む許可を貰い、iPhoneの音楽を聞きながら
       朝まで。
 夕方    特になにをするわけでもなく、痛み止めと水分の点滴
       を繰り返しされている。
       看護師さんに、主治医と話せるか聞いてみたが。。。
       目標が見えないので、今後どうなるかわからないと。
       もしかして、誰もその答えを持っていないのではと、
       不安になる。
       ちょっと熱が出る。37度まで。でもすぐに戻る。

 5年前のスパルタナースさんに「痩せたね」と言われた。
懐かしかった。このスパルタナースさんがいなかったら、あの時は
頑張れなかった。本来であれば、入院以外の形で感謝を述べたい所
だが、こうなってしまった。でも会えて嬉しかった。

 夜     先生が来たので、今後について訊くと。。。
       痛みが残ったり熱が上がるのなら、次のステップ、
       つまり腎臓に穴を開けて尿を逃がすか、結石を砕く
       か、管を尿管に通すかになる、と。
       でも、その判断が付けがたいような感じ。
       なので、提案した。。。
       今は痛み止めを点滴しているので痛みがあるかは
       わからない。明日の朝まで止めてみて、明日朝に
       熱が出たり、痛みが酷くなるかどうかで決める、
       でどうかと。
       その提案が受け入れられてそういうことに。
       「大学には入ったけど、出るのが難しい」という
       言葉が頭に浮かんだ。そんな感じだった。

5月13日(金) 
 13日の金曜日だけど、ここ2、3日は、毎日がそんな感じだったし、宗派も違う。

 朝     体温は平熱、採血の結果、炎症がないことがわかり
       退院が決定する。痛みは少しあったけど、耐えられ
       るよ。
 昼     12時ちょっと前に解放された。



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by KSofNaka | 2016-05-13 17:15 | 症状(結石編) | Comments(0)

これで熱が出たら。。。

今回の痛みはそんな感じで危険だった。

昨日は、日中にバイクで近くに出かけたんだけど、暑そうだったから薄着で行ってしまったんです。

行きは良かったものの、帰りは日が落ちた後だったために急に冷え込んだ中、薄着でのバイクになってしまったんです。

恐らく、それで身体が冷えに冷えてしまったんだろう。

帰宅後、夜になっていきなり胃の辺りから背中が痛みだし、歯も痛みだし。。。

こうなると、今までの経験からだと、上半身のあらゆる場所が痛くなってしまうんだ。

すぐに痛み止めを飲んだけど、それでもダメで、濡れたタオルをジップロックに入れてレンジで温めたホットパックを作ってもらった。

それでも今回はダメだった。

熱いタオルの熱を身体が吸収して、さらに具合が悪くなってしまった。

暫く、うーうー唸った後で、横になって、少し眠ったらしい。

やっと、痛みが引いて、そこでおしまいだと思ったんだなぁ。



ところが1時半過ぎ、右脇腹から背中付近に鈍い痛みが出た。

嫌な予感だった。

かつて、尿路結石で手術をする直前に悩まされた痛みだったから。

これはヤバいかも。

GWの7連休の最終日の夜だったから。明日から仕事だったから。

そっちのヤバさだった。


どんどん痛みが広がっていった。

家内が湯たんぽを作ってくれた。

だいだい今までは、湯たんぽがあれば、なんとか凌げるんだったから。

ちょっとだけ温かくなって、眠りに落ちたらしい。痛みの性でしかめっ面をしながら鼾をかいて寝ていたらしい。

実際に夢も見ているんだけど、痛みを堪えている夢だったから。

2時間後、痛みで目が覚めた。

湯たんぽでもだめだった。

もう救急車を呼ぶしかないか。

でも、運ばれた先では、痛み止めの点滴ぐらいしか打ってくれないのも知っていた。

それならと、座薬の痛み止めを試してみた。

急激に眠気が襲ってきて、また痛い夢を見ながらまどろんだ。

7時半の目覚ましが鳴った。

まだまだ痛かった。

どうするか。仕事は無理そうだった。

おしっこをしたいわけではなかったんだけど、トイレに行った。

もしおしっこが出ないとすると、かなりヤバい。水分はもちろん摂れないし、腎臓におしっこが溜まって苦しくなったら、別な恐怖が襲いかかるから、そこは考えたくなかった。

おしっこさえ出ていれば、あとは痛みさえ解決できれば、なんの問題もなかったんだけど。。。

トイレに行ったけど、チョロチョロしかでなかった。

これじゃダメだ。勢い良く出なければ、ダメだ、まだ何も解決していない。


実は、健康保険証が切り替えタイミングで、手元に保険証がなかった。

家内にお願いして、市の窓口に出向いてもらって、保険証をもらってきてもらった。


さて、病院はどこに行くか。

内科でかかっているC総合病院にするか、ほとんど行っていない近所のS総合病院にするか、はたまた結石を取る手術をしたちょっと遠くのJ大学病院にするか。

もちろん、おしっこが出ていれば、病院に行かないという選択肢もあった。

C総合病院には泌尿器科はなかったし、昔、嫌な思いでがあり避けたかった。S総合病院は良い病院だけど、最初から話をしなければならず面倒だった。

J大学病院に電話をした。11時半までに来てもらえれば、との返事。

即、行動に移した。

JR線と京王線、バスを乗り継いで、J大学病院に着いたのが5分前だった。間に合った。


予約をしていなかったけれど、なんとか別の先生で診てもらえることになった。

診察時間まで1時間あったけど、いざとなったら病院だからなんとでもなると腹をくくった。


尿検査、レントゲン検査をやって待合室で待っていたところに、今日は非番の主治医が現れた。

「あれ、どうしたの?」

実は。。。あれこれ、それこれ。。。

「熱は?」

平熱です。


すると暫くして、主治医が私のところに来て、エコーを取ってくれるらしいよ、と。

良かったぁ、主治医が来てくれて、いろいろと今日の担当医に指示を出してくれたみたい。ラッキーだった。


診察室でエコーを取った。

腎臓内に尿が溜まっているとのことだった。あ、ヤバいじゃん。


「これから熱が出るかもしれませんよ」

もう、入院を覚悟した。2、3日は出られないかもしれない。ヤバい状況の一歩手前だった。


その後、CT検査をやって、何が原因で尿が腎臓に溜まっているのかを調べた。

また血液検査で、腎臓の機能に異常がないかも検査した。


結果、尿管と動脈が交差する地点に、6mmほどの石がいて、それが尿管を塞いでいるために尿が流れていない事がわかった。

どう治療するんだろうと思っていたら。。。

薬で対応します、とのこと。

自然に尿が出て行くのを、つまり石も自然に出るのを待つとのことでした。

血液検査の結果も正常で、炎症はまだ起きていないとのこと。


安心した。

そうは言っても、痛みは周期的に襲ってきていた。

熱が出たらすぐ来てね、と言われ、薬を処方されて帰途についた。

とりあえず、痛みの仕組みは理解した。
そして、J大学病院を選択して良かったと思った。
主治医にも診てもらえたのはとても精神的にも安心したし、奇跡的なことだと思った。

そうは言っても、身体の方は、何が解決したわけでもなかった。

早く薬を飲みたかったんだけど、今度は薬局で引っ掛かった。いつもの薬局からは、在庫がありません。取り寄せになります、と。

痛みがあって、痛みを取るのが最優先なので、悠長なことは言ってられなかった。別の薬局を紹介してもらって行った。

今度はジェネリックにするしないで揉めた。

結局、1時間以上費やして、あるだけの薬を入手、帰宅した。


痛みは周期的に酷くなるを繰り返していて、今夜、どうなるかが心配。

明日は、職場の定休日でお休みなのが助かる。



さて、どうなりますか。。。


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by KSofNaka | 2016-05-09 19:22 | 症状(結石編) | Comments(0)

もしかして、杖が必要?

 震災の年。

 8月の手術が失敗して、一時なにも信じられなくなってしまった頃に、体内に入っている管と取れなかった大きな結石の痛みで、歩くのが困難な状況でした。その時に、杖をついて会社に行っていたのです。

 実は、杖での出勤はそれが初めてではなく、過去にも、足がもう1本欲しいときがあって、その時には杖を使ったことがありました。

 だから私は慣れていたのですが、さすがに職場の方々は「えっ」って。

 固まった人が多かったんですね。

 そして、その多くの人が「足、どうしたんですか?」って。

 違うのに。

 足が痛いから杖をつくのではないこともあるってことですよ。

 私の場合は、結石の痒いっぽい痛みを堪えるのに、主に上半身が無駄な緊張をしていました。

 それで、もう立っていること自体がしんどかったんです。

 それで杖でした。

 その身体を支えるために、もう1本、足となるものが欲しかったんですよね。



 で、なんで今、そんな話をしているかって。。。

 今もそうだからなんです。

 先週から最寄り駅に出かけるのも大変なくらいの痛がゆい状態が続いていて、上半身が異常に緊張しています。

 それに加えて、マンション工事のためのシンナーの臭いです。

 もうどうにもならないぐらい体調が悪いのですよ。

 だから杖が必要なのかなー、みたいな感じです。

 もう。。。ヘトヘトです。


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by KSofNaka | 2015-05-10 19:45 | 症状(結石編) | Comments(0)

闘病生活4

 震災の年の11月末の手術のことがまとめられていなかったので、改めて、ここで【闘病生活4】として記しておくことに。
Twitterの履歴みたいなのが出てきたんですよね。原文のまま書きます。()内は注釈です。

<2011/11/21>
上司の表情が強ばっていたのが気になった。
月の時間数がどうたら、と言ってたけど、残業したら解消できるのに、節電で仕事量が減ったのは、私の性ではないぞ。むしろ積極的に貢献したのに。
なんか、明日から入院なのに、そんな数値見せるなよ、って思ったよ。
    :
いよいよ明日から入院。

<2011/11/22>
病院というところは、なんとも。早く出たい。
他人の最悪な状況の環境の話とかが、聞きたくないのに聞こえてくる。自分も厳しい状況ではあるけどね。
取れれば働けるし、まだ選択肢があるような気がする。
これが病院の嫌なところなんだよな。
    :
手術は25日の午後からに。
待ちたくないなぁ。食べずに。

<2011/11/23
前回の8月から昨日までの大変な日が実は夢だったのかも、って言う錯覚。
ずっと出られずに入院していたような錯覚。
そんなことないのにね。
    :
ここの病院食はおいしいって評判なんだよね。しかも、超薄味OKで、普段食べるのに不自由している私には、かなりOK、満足していますのよ。
    :
ここの病院は「病気を見ず人を見よ」と創始者が言っているんだけど、必ずしも浸透しているかわからない、ということだろう。
どこも同じだろうけど、でも、ここの看護士の教育は徹底している方だよ。変なのいないもの。
    :
お風呂に入ってきました。皆に見せるので、ピカピカに磨きをかけたつもりです。とか。
手術前24時間まえから絶飲食。手術までの難関が目白押し。しかし、眠い。
    :
今、揺れた?

<2011/11/24
動悸がひどい感じで訴えているんだけど、心拍数や酸素の量がかわらないから大丈夫って言われる。
嘘は言ってないんだけどねぇ。
朝かと思いきや3時でした。昨夜が9時の就寝時間まで待てずに眠ってた。
    :
揺れる前歯を外しての手術の予定だけど、これ、意識ないと口のなか血だらけになるかも。新たな難問。
    :
まだ一日以上前なのに、緊張しすぎ。朝から吐き気。今日から安定剤必要かもしれない。気分転換ヘタだからなぁ。
    :
12時から絶飲食。他のベッドの患者さんにはお昼が配られました。この瞬間が辛い。お腹もキュウって鳴った。次はいつ食べられるのか。
    :
今日は久しぶりに痛みがあって、痛み止めを飲みました。精神的な気配はまだ大丈夫だけど、安定剤は傍にある。呑気症候群になってしまうと辛いのよ。へらへらできればいいんだけどね。
    :
Twitter は3時間置きぐらいに見ています。他のベッドの患者さんには面会者いるんだけど、ここはまだ。暫くは、めんめしのぎで頑張ります。
    :
お腹空いたぁ。喉乾いたぁ。不安感倍増。取り合えず、クラシック聴いて何とかしてる。夜の下剤、朝の浣腸。安定剤は余り効いてない。寝たけど。ところで、ここの看護婦さんは若いのに、しっかりしている。いつも肝心してしまう。
    :
昼間の色んな周囲の話は、はっきり言って聞きたくない。でも、聞こえてくる。だから普段よりも少し大音量。細部まで聴けるというメリットもある。本も熟読している。手術前には読み上げたい。
    :
吐く寸前だけど、それもいいかと。袋を脇に置いて、吐きたかったら吐こう、ぐらいの気持ちで。
    :
死都日本を熟読完了しました。面白かった。復興を考えている人達には是非読んで欲しい。この奇抜さが今の日本には必要だと確信する。私にも勇気を与えてくれた。発想の転換。重要です。
    :
最近、震度五の地震が続いています。不気味です。いつどこで起きても人間らしく対応していきたいと思います。その為には日頃から人として対応していたいと思います。訓練は実践のごとく、実践は訓練のごとくですね。

<2011/11/25
昨夜の不味い下剤がかなり効いている。二度寝できるかな。漏らしたらごめんね、とか。
    :
おはよう。今日は午後から手術。万が一ダメでも、みんなのこと忘れないよ。楽しかった。いい人生だった。こんなに素晴らしい出逢いがあるのなら、またIS(インターセックス) で生まれてきてもいい。ところで、生還できたら、gossip で会おうね。約束だよ。
    :
石を取って生還しました。ありかとう。

<2011/11/26
嬢がくれたぬいぐるみが重宝してます。夕べのパニックを止められた。まだ。動けないけど、頑張ります。
    :
12センチ切った。38度以上の熱かでている。歩行訓練中に貧血を起こしたり多難です。

<2011/11/27
片手で呟くのむずかしい
    :
今日の目標は歩くこと。今日は結婚記念日だよ。
    :
歩く目標達成。昨日はベッドに腰掛けただけで、貧血を起こしてしまった。お昼からは、重湯になりました。あとは、四本のチューブがいつ抜けるか、が楽しみだよ。
    :
痛くて気が遠くなる。痛み止め、早く。早く効いてくれ。激痛。頼む。
    :
何とか少し和らいだ
    :
痛みが倍増して、痛み止めつかっているけど、どうやら効かないみたい。ひらきなおってSkypeでも、idはxxxxxxだよ。もちろん文字チャットだけ、

<2011/11/28
激痛で眠れない。気がつくと、夢から覚めた痛みの中の自分かいる。
    :
結局、すべての手が不発に終わり、激痛〜まどろみ〜激痛の繰返しで朝を迎えるところ。夕方に脊髄への麻酔がなくなったためのようだけど、痛み止めの繰返し効果がないといいことの意味するところは今から考えたくない。
    :
波のうねりのように押し寄せる痛みで、ベッド上で体をだった1センチ動かすのに、もうなんじかんも格闘している。
    :
昨日歩けたのって幻みたい。さっきは泣きながらレントゲン撮りに行ってきました。メチャメチャ痛い。今週退院したいんだけど、むずかしいかなぁ、
    :
術後の食事は完食できています。しかも今朝からは、ベッドの頭側を持ち上げた状況での片手食事、大変です。先ほどのお昼はカレーうどんとサラダ。強敵でした。うどんは1本ずつ、サラダは細切れを1枚ずつ、根気のいる作業でした。1時間ほどかかりはしましたが完食達成です。次の課題は水1リットル。
    :
今日は夕方までに、500ml飲むの課題で、看護婦さんにペットボトルを四本買いにいって頂いた。真っ赤なお顔なので、階段で行ったんですかって聞いたら、そうだとの答え。仕事ととはいえ、その誠意には応えなければいけないな。火照った顔は可愛かったですよ。本人には言えませんが。
    :
仏様が菩薩様や如来様を引き連れて雲に乗って飛んできたような、いきなりの回診があった。何も心配な要素はない。今晩の痛み対策だけかと。ということで、順調に快方に向かっています。ありがとうございます。
    :
今日は昨夜の痛みと睡眠不足、午前中の痛みで歩行訓練は中止に。水の課題は難なく達成した。明日は歩こう、そして管をまた1本解放するのにゃ。
    :
介添え付きだけど、歩いてトイレに行ってうんちできたよ。明日はいよいよ歩くぞよ。
    :
今日の夕飯は一時間半かけて完食。途中見舞い客ありだけど。痛みの度に十分ずつ休憩。できそうになくても時間をかけて諦めなかったらできた。とか。
    :
さて、寝ます。夕べ寝ていない分。おやすみなさい。
    :
寝る前に気になった箇所を看護婦さんに相談、簡単な方法で解決。さっきまでぐっすり。機転がきく看護士さんが多い病院です。

<2011/11/29
昨夜はぐっすり。今朝は食後に痛みで具合が悪かった。でも、一人で起き上がれた!今日は 歩行訓練頑張るの日。
    :
今日はシーツ交換に合わせて二度目の歩行訓練。完歩しました。まだ、介添え付きです。管はまだ三本のままです。痛みは昨日の十分の一程度ですが、痛い時は気が遠くなります。退院の声はまだまだです。
    :
明日から点滴無くなるかも、という噂が。
    :
昨夜は戦友が、見舞ってくれた ありがとう。とても嬉しかった。笑いすぎで超リハビリになってしまいました。    :
    :
一生懸命な姿は患者に伝わります。今入院中ですが、看護士の献身的な姿は、とても助かります。尊いです。ご自分の出せるものを自信を持って出して行かれて下さい。今は大変でも、あなたが必要とされる日は、絶体来ますから。    :

<2011/11/30
昨夜のバナナ効果があり、今朝は珍しく快便。今日は看護婦さんが頭髪を洗ってくれるらしい。午後に糖尿病教室があるとのこと。夫婦で参加したいところ。痛みがまだあるけど、寝起きはかなり楽になった。ただ…不安材料が多い。今日からは精神戦。
    :
点滴無くなる。後はおしっこの管と傷口のドレーンだけ。退院の話はまだない。
    :
病院の屋上でデート
    :
退院は早くても日曜日。検査の結果では、もっとになるらしい。
    :
朝から寒い中で過ごした為か、激痛中。温かくして、もう寝ます。
    :
寝ようと思ってみたけれど、激痛の為に身体の位置を動かすことが出来ず難渋してます。座薬でもダメで途方に暮れてます。
    :
やっと激痛緩和。眠剤を飲みました。
    :
今回は、術後早々に自身に鞭を打ってノルマを課しここまでたどり着いたけど、点滴は外れたけどリハビリの進捗は一進一退。最速日曜退院と分かった今、ペースを落とそうと思う。ここまで十分頑張ったよ俺。ここからはなかちゃんスタイルで行こう。    :

<2011/12/01
今日は昨夜の余韻か、朝から痛みがひどくてダメ。さっき、歩いてみたけれど、途中痛みでギブアッブ。ここんとこ一日おき、ずんずん行ける日と痛みでダメな日と。
    :
さっき、おしっこの管が抜けて、後は傷口のドレーンだけになった。
    :
午後は廊下を2往復と九階での糖尿病教室に同じ部屋の元ファイアーマンと参加。パイプ椅子にて玉砕し、ヘロヘロになって帰還。かなりハードなリハビリだった。明日からは一人歩き可能かな。椅子は意外なハードルだなぁ。
    :
いきなり主治医が来て、歩かないと、と言うので、予定外に食後に歩いた。日曜日退院として逆算した時にクリアしなければならないことが山積している事に愕然。歩いているうちに痛みでヤバそうに。すかさずわが娘と同年の看護婦さんからイエローカード。やりすぎだと。今ベッドで痛みと奮闘中。
    :
ここの大学病院では、今日から六人の看護実習生が教育実習だそうです。一年間で、全ての科目を経験するそうです。私は、ただただエールを送るだけ。
    :
リハビリは、なかちゃんスタイルでは間に合わない。
    :
今夜はフルフラットにして就寝。きっと身体にはいいはず。眠剤を飲んで寝ても、またこの時刻に起きてしまう。

<2011/12/02
最近はTwitterの夢を見ているようだ。だから、それを確認したくなってしまって起きてしまう。この時刻に。自宅との違いは、ベッドの頭部分を上げなければいけないこと。終わったら下げなければいけないこと。それには音が伴うこと。
    :
真冬なんだね、シャバは。立川の2日の最高気温の予想が四度だって。朝はみぞれ。少なくても嬉しいのは、今日退院ではないこと。死んじゃうよ。
    :
できないこと。フルフラットでの寝起き。痛みがある時の歩き。通常のすたすた歩き。その前に単独歩行が許可されていない。日曜日退院無理でしょう。
    :
できること。完食。水1リットル以上飲める。介添えなしでの寝起き、トイレ。他階への階段以外での移動。歩行。100mぐらいならよたよた連続歩き。開腹手術後今日で1週間。でも、日曜日退院無理だなぁ。
    :
六人部屋で、定年後の人は三人。長期でも社会的に経済的に大丈夫な人が一人、退院許可待ちが一人、そして、退院時期によっては一月の契約更新が絶たれそうでいて、その時期まで殆ど日がない派遣社員の私。焦るな、マイペースで、頑張れと、言われても…無理だなぁ。。
    :
戦闘機の離陸で、速度がつくまで滑走路を滑走するのが普通だけど、リスキーな時は早目に足を引っ込める離陸方法がある。早く陸を離れ空気を掴んで飛ぶ戦術。でも、五体満足な機体と、パワーが必要。今の私にはどちらもない。
    :
できないこと。椅子に30分以上連続して座れない、も追加。
    :
さっき、いきなりお医者さんが来て、抜糸しよう、って。今からですか、って聞いたら、三分。いや、そういうことでなくて。という中で、結構怖かったんだけど、痛かったんだけど…抜糸されちゃいました。看護士さんも事前に知らされていなかったようで、本日最大のイベントが終わりました。ぶひぶひ!!
    :
スパルタ看護婦。一時間毎に歩きなさいと。ベッドにいたら連れ出す、とまで。有り難いお話し。今日は杖無しで、早速歩いています。
    :
午前は、廊下を六往復。看護士さんらの応援の声に押されながら。午後は、一階に行く予定。バレリーナ靴下から、普段の靴下へ。
    :
初めてのお遣い 一階の売店に買い物に出掛けました。人の動きが激しく、流れにぶつからないようにするのが大変でした。へとへとになりました。廊下を十往復より大変でした。社会復帰は大変だこりゃぁ。
    :
先程のお遣いでショックを受けて、暫く寝込みましたが、気を取り直し廊下を何十往復もした。もう数えてられるか!! 途中から普段の革靴で歩行訓練。痛みがなければ普段のゆっくり目の速度で歩けるようになったよ。
    :
歩けるようになったはなったけど、ベッドから起き上がれなくもなった。使う筋肉が違うのかも。
    :
下のお掃除は入院中には重要なこと。おしっこの管が入っていたときは、痛いしね余裕がないから、触られても何も事件にはならない。今日は、お掃除キットで自分でやったんだけど、ちょっとね違うよね。ま、何も事件にはなりませんでしたが、ぬるま湯で洗うと、とても気持ちいいのよね。うっとり。
    :
起き上がり時の激痛があるんだけど、この後、歩行が一からやり直しになる。介添え付きでないと、歩けない。
    :
宣言!!明日の検査結果が良かったとしてだけど、遅くても月曜には退院します。

<2011/12/03    :
術後初めて就寝時刻から起床時刻まで一度も起きずに眠りました。目覚ましは、他の人の携帯の緊急地震速報でした。
    :
とうとうここまで震源が降りてきたかぁ。M5。気象庁の見解を聞いてみないにゃぁ。
    :
朝の歩行訓練完了。アサビリ。床の物を拾いましょう、訓練。
    :
検査結果待ち。歩いていないと歩けなくなるので、殆ど歩いています。寒いせいか痛むのね.歩いていても。
    :
午後は階段にチャレンジ。家にも帰れないし、gossip にも行けない。
    :
明日日曜日の退院が内定。今日の夕方はクリスマスコンサートがあるので、楽しみ。
    :
バナナ効果絶大!! バナナ一本分サイズのウンチが出ました。素晴らしい。ワンダフル!!
    :
検査結果、問題なし。明日、痛みがひどくなければ退院、決定。最後のドレーンが抜けました。痛みもかなり改善されたような気がする。
    :
今日は六人部屋で退院が二人外泊が一人。私が明日、退院すると? 明日の夜は二人だけになってしまうよ。
    :
前歯のない生活をしていたら、いまさら前歯の差し歯、いれたくない。
    :
リハビリの階段は、難なくクリア。筋トレの賜物です。三階から地下に降りてまた三階に。

<2011/12/04    :
病院は夜間でも物音があるから起きてしまう。しかもトイレの前だしね。トイレに起きるのに、まだ痛みを堪えないとダメなんだけど、大丈夫かな?って自問自答。
    :
退院の朝、おはよう。朝から痛みで起きて、起き上がるのにまた一苦労。頭も痛いし吐き気もある、つまりは気持ちが悪いのよ。今日は退院の日なんだがぁ…。
    :
退院の準備は整った。後は最後の診察待ち。それまでは、私服での歩行訓練。ここを何回歩いたか。




頑張ってたね、おれ。
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by KSofNaka | 2015-04-29 15:32 | 症状(結石編) | Comments(0)