クラインフェルターな日々 0

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クラインフェルター症候群(47XXY)の人生を赤裸々に、集大成のつもりで綴ります。 @ikiru2hint

カテゴリ:誕生日( 5 )

 2004年の6月からブログをやっていますが、始めの頃は、自分の誕生日でも何も書いていないって事にちょっと驚いています。

 以下、誕生日の投稿、あるいは誕生日についての過去の投稿。

 2015年:身体の自己破産ってないのかなぁ、やっぱり
 2014年:誕生日プレゼント
 2013年:次の1年に向けて
 2012年:誕生日
 2011年:雪の日の朝に
 2010年:50年めに入り
 2010年:49年を生きて
 2009年:雪が降り積もった朝
 2008年:こんにちは
 2007年:そう言えば、今日は
 2006年:この時は、家内が入院して大変だったから
 2005年:なし

 こんなにブログに嵌るんだったら、もっと前から日記をつけておけばよかった、ってね。



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by KSofNaka | 2016-02-11 10:15 | 誕生日 | Comments(0)

誕生日に何を考えたのか

 2004年の6月からブログをやっていますが、始めの頃は、自分の誕生日でも何も書いていないって事にちょっと驚いています。

 以下、誕生日の投稿、あるいは誕生日についての過去の投稿。

 2014年:誕生日プレゼント
 2013年:次の1年に向けて
 2012年:誕生日
 2011年:雪の日の朝に
 2010年:50年めに入り
 2010年:49年を生きて
 2009年:雪が降り積もった朝
 2008年:こんにちは
 2007年:そう言えば、今日は
 2006年:この時は、家内が入院して大変だったから
 2005年:なし

 こんなにブログに嵌るんだったら、もっと前から日記をつけておけばよかった、ってね。

===2014年===
 ところで、なんか最近、顔が変わったって家内に言われました。

  「毒気が抜けた」って。

 さて、どんな顔だったんでしょう。今までが。


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by ksofnaka | 2014-02-11 13:51 | 誕生日 | Comments(0)

次の1年に向けて

 今日で52年目が終わり、明日から53年目の人生が始まります。つまり満52歳になる明日です。

 思い返せば、長い長い52年目でした。
それは家族にとっても同じだったかもしれませんが、自分を見つめ返す、過去にさかのぼる、いろんな自分を掘り起こして、そこからこれから生きていくための何かを探り出そうというのですから、自分史の目次を作ったような、そんな1年でした。

 そうして仕事をいただいて2ヶ月を経過し、ちょっと自分にはないぐらい順調な滑り出しを見せたかに思えましたけれど、やはり今週のような時期は訪れるのですね。昨年で言えばGWの頃のようなことです。順調さの背後に忍び寄る影みたいなものです。

でも、それは、自分の心癖の一つなんですね。
安定し始めたところに不安定さを求めてしまっている自分の。
今週は本当に負け戦でした。何に負けたか。それを強いて言うなら自分に負けたのです。自分の弱さに負けた、そんな感じです。

今年は挑戦までは行かないものの、今までやらなかったことをやってみようと思っています。今までの自分の許容範囲を超えて、新たなる一歩を踏み出そうということです。
今までは、できないと思ったことはできない、と宣言しておりましたけれど、初めてだけどやってみる、にちょっとだけ方向転換しています。今はまだ、少しずつです。それでも壁のように立ちはだかっていることばかりですけれど、新しいことをやりたい、と念じて、そうそう自分をも信じていくことで少しずつなんですけどね、壁がよけてくれたり、薄くなったり、低くなったりしているような気がします。

 それからうまく行かない時は、ちょっと置いておく。寝かす、みたいなやつ。
例えば今回、眠れずにすっかりペースを崩してしまって、それを眠剤で強制的に修復しようとしまして泥沼に入りそうになりましたけれど、こういう時は放置がいい。眠剤の量は今まで通りに戻し、眠れなかった時は、仕方が無いから遅れてでも出かける、とか、眠いのを我慢して出かける。

 止められたなら止まる。
それは私がそこで止まることに意味があるから止められたのかもしれない。止められたことにイラつかず、そこで止まって待つ。

 物事が進まないなら、それは今進めてはいけないものと考える。進むときには進むから。

 そうやって、自分のできることを少しずつでも進めていこうと決めたのだ。

 そう決めたのだ。

 そうやってこれから生きていくことに決めたのだ。

 それを思い出そう。もし、道に迷ったら今日のここに戻ってこよう。それがいい。

 うん、ちょっと安定してきたぞ。

 明日からの1年は自分を信じて、こうやって進んでみよう。うまく行かなかったら、また修正すればいい。

 そんなことを考えてしまった。もう1時になる。寝なければ。明日のために。


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by ksofnaka | 2013-02-10 00:54 | 誕生日 | Comments(0)

雪の日の朝に

 私は50年前の明日(11日)の朝に、この世に生まれてきました。

 雪が降った朝だったらしい。だから私は雪が大好き。

 明日は日本の南岸を低気圧が発達しながら通過するので、太平洋沿岸でも雪が降るとのこと。ここ立川では、明日の予想最高気温は、1度。天気は雪。田舎の雪よりも、今の雪よりも、その当時の雪はきれいだったに違いない。

 子供の頃、雪が降った朝に庭に出るのが好きだった。玄関先の南天の枝についた雪解けによる水滴が日の光を浴びて、きらきらと輝くのだ。

 家の中に入って手袋を取ると、手は凍ったように冷たくなっていて、ストーブに近づけると、手先がジンジン痛みながら温まっていく。
なんか小さい頃のことがどんどん思い出される。

 そういえば、今年は、母に「ありがとう」を面と向かって言えないのだなぁ。





それが寂しいし、とっても残念。


記念すべき50歳なのに。

でも、ありがとう。とっても、ありがとう。


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by ksofnaka | 2011-02-10 22:48 | 誕生日 | Comments(0)

雪が降り積もった朝

 48年前のこの日、なんと言って出てきたかは分からないけれど、病院でもない今の実家でこの世に出てきた。

・その後、苦労するかもしれないものを背負って出てきたのだけれど、それに反発するかのように家族の希望に逆らって、男の子として生まれてきた。

・夜中に、トイレのそばの三畳の板の間をフラフラとトイレに行くでもなく、布団に戻るでもなく、泣きながらうろうろしていた記憶がある。

・あるときは、麻疹にかかった兄の布団のそばで、親の思惑があるとも知らずに遊ばされたが、親の思惑に反するかのように麻疹にも罹らなかった。

・近所の買い物帰りのおばさんが寄ったとき、家へのお土産だよね、って言って、その豆腐を横取りした。1回だけではないような記憶がある。

・行きたくないのに、逃げられないように母親の背中におんぶされて、連れて行かれた保育所。

・母親の帰りを待って、何度も遅くまで、兄と一緒に保育所にいたこと。雷が鳴ってこわかったこと。

・保育所のお昼寝の時間に、自分の枕を持って隣の部屋にいる兄の布団に通って、一緒に寝たことが有名だった。

・浴衣を着て庭で撮った写真の頭のところに、庭の赤い花が髪飾りのように写ってしまって女の子みたいって、写真を見るたびに言われるのが嫌だった。

・トトロではないけれど、部屋の中を飛ぶ小鳥の存在を知っていた。家族のほかの誰にも見えないらしかった。食器棚の裏に飛んでいくので、よく、その隙間の暗がりに目を凝らして見たけれどもとうとう見えなかった。

・雪の間から出ていたクロッカスの黄色い花びらで春を感じた。

・よく兄と遊んだ。いつも仲の良い兄弟だと言われたが、後になって、ずいぶん兄が私をいじめていたらしいことを知った。ずいぶんずいぶん後になってだけど。

・母親からオールドブラックジョーという曲や、文部省唱歌を聴かされた。今でも好きだし、よく聴く。

・保育所でお昼寝の時間に流れていた曲を追い求めて何十年。まだ見つからないけれど、ラベルやストラビンスキーが好きになった。

・近所の子と本家のおばあさんに「かみなりババー」って大声で言って怒らせたら追いかけてきて、部落中追い回された。当然、後で、母親が叱られた。

・父親の会社関係で貰う珍しい果物がおいしくって、パクパク食べた。40年もそのペースが崩れなきゃ、糖尿病にもならぁ。

・秋刀魚の時期には朝昼晩と秋刀魚、さばの時期には朝昼晩と毎日さば。新鮮でおいしかったけれど飽きた。早朝の道路には、魚が飛び跳ねて落ちていることがあった。トラックから落ちたもの。

・夕方父親の後をくっついて行ったら、遅くまで誰かと土間の暗いところで話しながら飲食をしていた。帰宅したら、私だけが母親にすごい剣幕で叱られた。でも、俺は悪くない。まだ小学校に入ったか、低学年ぐらいだった。

・兄の影響で、算数は得意だった。小学生1年生のときに、遊びにきた中学生から答えがマイナスになる計算の質問をされて、あっさり「マイナス・・・」と答えたら、中学生は何も言えなかった。分からないと思ったのだろう。勘だったけどね。
その中学生は、私と同じ名前で、よく、かわいがってもらった。

・小学1年生。ハーモニカが得意で、吹けたらリボンをもらえる。早々に胸はリボンだらけになった。

・小学1年生のとき、UFOを兄と見つけた。絵日記にした。未知との遭遇だった。

・2年生。九九の競争があった。5分で100問。2回目でクリア。高校卒業まで「数学だけは天才的」と言われた。確かに数学だけはね。今もね。

・兄が一緒に住んでいた中学2年生まで、私は親の後ろに隠れているような子だった。

・中学2年生のとき、初めて土星を見た。それをきっかけにアマチュア無線の資格を取得。本人の意識とは別に周囲の目が変わった。引っ込み思案の私が、急遽、人前に出されることになる。

どれもみな、懐かしい。

今思うのは、親の思惑に反して男の子として生まれてきたが、いろんな面で親の思惑には反していないのではないか、ということ。それが弱さでもあり、強さにもなっているんだけどね。


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by ksofnaka | 2009-02-11 21:35 | 誕生日 | Comments(0)